こころTALKING

元共依存バタードウーマン・DVの最前線現場で妻業18年。現場のキツさにとうとう引退して数年。今はここでしぶとく生きて、忘れられないDVの事を書いてます

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復讐願望

小学校6年生のとき
私は
私をいじめる同級生を消したかった。

私はクソまじめに学校に通っていたので
上手に不登校して辛い場所から逃げる方法に関して無知だったので

毎日
学校という地獄に通っている気分だった。

ちょうどそのころ
読んだ少女漫画に
消したい人を呪い殺す
猟奇的なエピソードをもつ漫画があって

私は
この方法であのいじめっこたちを消せないものかと考えていた。
塾をさぼって時間をつぶしていた公園の
すべり台のてっぺんで
いじめっこが消える妄想をしていた。

…雨が
雨が降っていて
遠くの海に雷が落ちていた…。




ずいぶんあとになって
死に関する学習する機会があり

死にたい感情とこれらの復讐願望が直結していたことを知り
私はレジメを読みつつ愕然とした。

そう。
自分に向かえば自殺で
他人に向かえば他殺で

どちらに向かうか?という違い。


かなわなかった出来事の結果を
私たちはいつも、どんな形であったとしても「チャレンジ」して克服したい。

今度は間違いなく、望む結果を出したいといつも願っている。


…今度。
いじめられたり
暴力を受けるような出来事が私に起きたとしたら
今度は
抵抗して
歯向かって
主張して
…無力さに打ちのめされて傍観し、ただ時が過ぎる事を待ち続けた私を
「上書き」したかった。
12歳からずっと。

子どもだった私にとっていじめの現場は逃げられない地獄。
その地獄を取り仕切っている鬼をいつも退治したかった。

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「秘密を守れ」の呪縛

「秘密を守れ」
それは、別れた夫からの目に見えない呪縛です。

・・・夫は自分の事や自分の家の状態を
外部に漏らす事を凄まじく嫌いました。
建前は
「今の世の中、誰が何を言いふらして
こちらが被害をこうむるか分からない。」
・・・こう聞くと至極もっともに聞こえる事でしょう。

当たり前ですが
家の中の事をすっからかんに喋ってしまうのも
たしかに危険な事です。
彼が言う事も一理あるのです。

・・・でも
なにごとにも程度と言うものがありますよね。


「なんで外で名前を呼び合うんだ!
だれが聞いてるか分からないんだぞ。」

・・・なので私たちは外や店などで
お互いの名前で呼び合う事を固く禁じられました。

「病気の事なんか話すな!
俺の弱点を相手に気取られてどうするんだ。
そいつが俺を殺しに来たらどうするんだ。」

・・・なので
その延長線で義母の容体が悪化した時も入院した時も
通院の送迎でへとへとでも
「すいません、こういう訳で・・・」とは
言えない禁忌事項になりました。

何しろこの「秘密を守れ」をうっかり破ると
それはそれは恐ろしい事が起こったので。

「うっかり」夫の琴線に触れるような事を話してしまうと
・・・それがちょっとやってきた集金の方や
電話の相手で
背後に夫がいるような時は
その後の時間はすべて「正座説教」のお時間に早変わり。
・・・予定をしていた事もすべてキャンセル。


これが日常生活で続いてどうなったかと言うと
自分について何もしゃべれない人間が出来上がってしまったのでした。

外部からの接触は極力シャットアウト。
とくに夫がいる時間は
シカトしたり
心にもなく怒鳴って追い返したり
何も言い訳できるわけもなく
自分がそんな人間として思われている事が
ひどく落ち込んだ真黒な気分にされ

しまいには
年賀状が書けなくなりました。
学生時代の友人と話せなくなりました。
家を出るラスト5年は音信不通になりました。
毎年葉書を買い続け
毎年何かを書こうとしても
「あけましておめでとう
今年もよろしく」しか書いていい事がなく・・・
白紙の年賀はがきが毎年残されました。


秘密が家にあふれかえっているという事は
話題が何もなくなるという事と
夫のフォローを常に受け持っている為に
自分の為にする事は何も出来ない状態なので
今私は○○をしてるんだよ~とか
今私は○○にはまってるんだよ~という
そんな気軽な話題すら自分から消え失せていたのでした。



・・・この呪縛は恐ろしく強固で頑丈で
私の口に蓋をして
実は
婚家から離れた後もずいぶんしばらく
「何もしゃべるな」と遠隔操作されているような
そんな錯覚に陥ったのです。

こちらの警察で
生活安全課の方にDVの事についてあれこれ話している時もこの呪縛は執拗で

・・・こんなことを
何でもかんでも警察に話したら
夫がどうなるだろう・・・

駆け巡るようなそんな思考との闘いで
とうとう話せなかった事実もありました。
・・・なんで私はあの時話せなかったのだろうと
後で悔やんでもおそいことですが

不思議な事に
その場になると
まるで見えない何かに固められたように
口が閉じて
言おうとする言葉は
喉の途中で止まるのでした。

 家の中の事を喋るな。
 俺の事を喋るな。
 

この
思考が固まった感じから抜け出るには
2年近くかかったと思います。
・・・もう目の前にいないのに
・・・法的関係は解消されているのに
タブー遵守の烙印は執拗でした。

楽しい話、気軽な話を選びたがる癖は、
ウチはこんなに大丈夫というポーズ。
かつて演じた幸せの偽証そのもの。
辛い苦しい話を話せない呪縛。
・・・助けてくれと言えない呪縛。

信頼なる人の前で本当の感情を誤魔化すことは、
夫が命じた『秘密を守れ』を
遵守しているということだと気付き
なんとか脱却しようと思ったのです。

・・・私が自分を取り戻すには
この指令を解除することだったのですが
・・・難しいに尽きました。
生活しているとたまに袋小路に行き当たるのです。
そうすると
夫がRockした扉が閉まっているのでした。
そこから先に行くのは
・・・「落ちてる」時は開けることさえ面倒な
投げやりな気分になったのでした。


今。
今はもちろん
こうして喋りまくっていますので(笑)
呪縛はうすくなったのだと思いますが

それでも
たまに
私は見えない呪縛を感じる事があるのです。
私の口を閉じさせようとする
私に、明らかにする気持ちを萎えさせようとする
ふさごうとする見えない手の存在を。

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あの桜に会いに行く

この4月に
私は
東北に行ってくるはずだった。

その話しが舞い込んだ時には
このタイミングで東北に再び行けることに
まるで4年前の桜に呼ばれているように思えた。

3月11日に起きた震災と津波、そしてさまざまな事情で
大会は中止となり
東北行きは「おあずけ」になってしまった。

なので
ここでちょっと語ろうと思う。


この季節の東北には
私は並々ならぬ思い入れがある。

4年前のちょうど今頃は
私が
一番「死ぬ」ということに近かった季節だ。


・・・・・落ち着いて考えてみたら
死ぬこと以外にも方法はあったし
死ぬ事を私はホントに望んでいたわけではない。
私が本当に選びたかったのは「夫の元から離れたい」であったのに
白黒思考回路で両極端な当時の私が出した結論は
「離れたい」ではなく
「夫の目の前から自分を消す」ことに
すり替えられてしまっていた。


切羽詰まって
断崖絶壁の先っぽに立っているような状態の私は
思考回路がひとつの方向に固められてしまっていて
あとは引き金をひいて命中させるだけで・・・・

そんな状態のまま
東北をさまよっていたのが4年前の春。


家を出てさまよった道すがら
ずっと桜が咲いていたのだ。


息をのむような桜の薄紅の、雪白の花弁が
真っ暗な夜の中で
浮きあがるようにそこにあって


もう死んでしまおうとしている私は
「人間」よりも
むしろ「植物」に近い状態で
悲壮感はどこか明後日の方向へぶっとんでいた。

現実のしがらみからすっかり「さようなら」していた私は
桜と旅をしているような気分だった。


今でも思い出す。
うねるように
山肌を白く埋めていた桜。


危機を共に過ごした同士の様な
戦友の様な

私にとって桜はそんな
特別な存在だ。




…時を隔てて
今、ニュースで。

がれきが積み上がった、雑多の茶色の廃墟の中で
この津波に呑まれて塩をかぶり、波に揉まれたはずの桜が

咲いているのを見たとき

たとえようのないものが
胸の奥からつきあげてくる衝動を
押さえきれずに私は
背の低い桜が咲いている・ただそれだけの画面から
目をそらすことができなかった。


桜よ。

朋友よ。

 

東北の桜路は
私にとって思い出深い旅路でもある。
ここを通り越して
今の私がここにいる。
4年前、走り抜けてた私を抱きしめて
「何回失敗したって、それでいいんだよ」と言ってあげたい。


いつか
私はもういちど

私が死ぬために走り抜けたあの道を懐かしく辿ろうと思う。
最速の機会は逃してしまったけれど

必ず。

あの桜に会いに。
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毎月19日は「トークの日」

・・・・なーんて
まるで
「毎週水曜日はポイント10倍デー」とか
「毎月1日は5%還元デー」というノリで
しかも
19日は「トーク」だなんてオヤジダジャレですが(苦笑)

すいませーん。
ブログ使ってトーキングプレイスの宣伝でございます^^;

毎月19日は
匿名可・予約なし・無料(通話料は負担)で
DVでも
なんでも
トーキングプレイスへの電話で
話す事ができる日です。



この仕事を始める時に
いつも実践について教わっている先生から

「ひとつ、なにか貢献できることを仕事の中に取り入れること」と
(・・・・・っていう言い方だったかしら~?)
言われていた事を思い出し

私に何ができるかな?と思った時に
ダジャレと一緒に浮かんできたのが「19日はトークの日」でした。

何をかくそう
私も
無料電話相談にかけたことがある身です。

まだ
保護命令で守られ始めたばかりで
フラッシュバックは起こすは
夜は寝ても3時間で悪夢見て飛び起きるは
乖離がおさまらずにふわふわしてて現実感がなかった私は
不安マックスでかけてみたのでした。
図書館から借りてきた本に載ってた
東京の番号
DV相談に。

・・・・ところが
本が少々古かったのか
それとも常駐していない団体だったのか
私が必死の思いでかけた電話はずっと呼び出しコールが鳴るばかりで

とうとうつながらなかったのでした。ちゃんちゃん。


・・・という苦い思い出。
あの頃は
自分がどこかぶっ壊れているらしい?と気付いてはみたものの
どこに行けばいいのやら
どこで話せばいいのやら
見当がつかずにさまよっておりました。
4年前の春でございます。

・・・・見ず知らずの北海道の片隅にいるどこの誰ともわからんヒトに
話せ話せって
そんな簡単なことじゃねえわ~と
思う方もおいでだと推察しております。

が。


私はここで言い続けます。
ここで伝え続けます。

少なくとも
4年前の私には
こんな場所がほしかった。
病院でもなく
役所でもなく
敷居の高いところではなく
とりあえず
私の話を聞いてくれそうな場所。

・・・・・誰かに話をしたいと思っても
自分の中にある出来事は
普通に人生を過ごしている人に話したら

ビックリされて
ドン引かれて
懸念の目つきで見つめられて

それは嫌だった。

嫌なのに
私は
誰かに話したくてしょうがなかった。
そんな風に葛藤していた。

隣のおばちゃんより
友人より
親より
遠くに住んでる顔の知らない相談員の方がよっぽどいいとさえ
思ったんだよね。あのときは。



・・・・・・
トーキングプレイスは
秘密を守ることと
安心・安全な場所を保つことについて
耳にタコができるくらいに叩き込まれた(笑)ソーシャルワーカーが
あなたからの電話をお待ちしています。
お話される内容はDVに限りません。
番号は080-6084-1919。
4月19日の受付時間は10時~16時。


この日は
名前は
あなたが呼ばれたい名前を名乗ってください。

本名を名乗りたいと思われたなら、もちろん、それでもオッケーです。

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DVチェックリストから支配について考えてみる②心編その1

さて。DVチェックリストで考える「支配」について。第二弾。
精神的なことに対するダメージですが
3~4つのカテゴリに分けているので
今回書くのは
そのうちのひとつ。

「彼が私に言う言葉の暴力」です。

私は
これらの精神的な暴力の方が
あとあとまで響くと感じています。
とくに
フラッシュバックを起こす時にはこれらの「言われた記憶」がよみがえることが
引き金になることもあるのです。



心・精神的なことに対する暴力(ダメージ)
もしくは精神的なダメージが原因でなっている状態

「彼が私に言う言葉の暴力」

□彼は私が何を言っても、何をしても無視する。
□彼は私を批判したり、無能な女だとバカにする。
□彼は「お前はバカで何をやってもうまくなんかいかない」と言う。
□彼は「誰のおかげでお前は食べられているんだ」と言う。
□彼は「俺がもらってやらなかったらお前なんか…」と言う。
□彼は人前で私を侮辱したりバカにするので恥ずかしいと思った事がある。
□彼は「俺の言う事を聞かないと
  どんな事になるか分かっているだろうな」と言う。
□「女なんてバカだ」「女は最低だ」「だから女はダメなんだ」などと、
  私や子どもが女性であることについて否定する。
□彼は「お前を殴るのは、お前が俺を怒らせるからだ」と私の責任にする。
□彼から「そんな事をするなら自殺してやる」と言われた事がある。
□彼から「そんな事をしたら子供に危害を加える」と言われた事がある。
□彼から「そんな事をしたらお前の身内を傷つける」と言われた事がある。
□彼は「俺は人を殺せるんだぞ」と言ったり、凶器を見せつける。


彼と暮らしていた頃の私は
「私は妻としてダメダメ女」だと本気で思っていました。
そんな私は
これらを「叱責」や「お叱り」だと甘んじて受け続けていました。

今の私なら

どこにも完璧に何もかもをこなせる人間なんてありえないのだから
失敗をこんなに
私の人間性をたたきのめすような言われようを
されるいわれはナイぞ!と反論できますが

当時は「私はこれを言われて当然のダメダメ女」モードですから
言葉の石つぶてを
(時には落石を)
十何年受け続けて
すっかり自己肯定感を穴の中に埋めてしまいました。


言葉の暴力と言うものは
おそろしい「鎖」でもあります。
鍵でもあります。

それに気付いたのは
彼に「自殺してやる」と言われたことがある。
というチェック項目でした。

これが言葉の暴力だということは気付きにくいと思います。

だけど
この言葉は私の行動を狭め
考えようとする気持ちを抑圧し
私に罪悪感という足かせをつける重しになっていたことに
あとになってから気付きました。

自分のために何か行動する事が
主人の自殺につながる・とインプットされることで
私は
家を出て
誰かに助けを求めたり
自由になろうとする選択肢を断たれていたのです。


これらの言葉は
なぜか
多くの加害側に共通した「妻に対する言い分」であることも
興味深いことです。


4年前。
もう一緒にいられないと家を出てから
私のアタマの中で
この
夫から言われた言葉がいつも鳴り響いていました。
それはまるで
雷が私めがけて天井から落ちてくるような感覚でした。
言葉のフラッシュバックです。

数か月を経て
ようやく
「現場に引き戻されるような」感覚をともなうフラッシュバックは
少しずつおさまりましたが


そう。
たとえば
虐待のニュースなどで
うっかり
「夫は○○○○と言った」などと聞いたりすると
それが
聞いた事のあるフレーズだったりすると
私にとっては「検索ヒット!」状態になります。

言葉の暴力とは
長く
深く
生きたまま心を殺す凶器だと私は思っています。
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体のメッセージを受け取る

私は体メッセージを受け取る事が苦手です。

普通の人は
ある程度うごきすぎると
「もう疲れた~~~寝る~~~~」となるのでしょうが。
たぶん
とても自然に。


そんな私がようやく
つい最近のことですが

私は
休もうとする選択をすることさえも
手動入力で
ぶったおれるまで動いて緊急停止になるまで
動かないと
「それに気付けない」んだって分かりました。


でも
分かったおかげで

今日の私は
いつもより早く休みたがっていることに
きづくことができました。


というわけで


チェックリスト第二弾を書くつもりだったのですが(笑)
本日は看板をおろして
眠る選択をすることにしました。


あらためて

ほんの少しでも自覚するって大きい事なんだなーと感じます。



(だってさ。
疲れてボロボロの顔した相談員に
「どうしましたか~~~」なんざ言われたくねえよ?って思わん?
先にアンタその顔どうにかしろよーってドン引くよねえ?)



セルフケアをすることは私には必須です。

友人に卒業祝いでもらった桜の入浴剤であたたまりました。
今夜はゆっくり眠れそうです。
おやすみなさい。
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DVチェックリストから支配について考えてみる①身体編

こんばんは~(って書いてる時間が夜なので^^;)
今日はエリコとしてだけではなく
トーキングプレイス代表:恵里子としてのブログアップになります。
私のホームページはコメント機能がついてなくて
ブログと連動する形になっております。
(う~ん。どうにかしたいんだけど未だにチョッとIT難民で…そのうちにね^^)


先日、トーキングプレイスのホームページに「DVチェックリスト」をアップしました。
詳しくはこちらをクリック⇒『トーキングプレイスDVチェックリスト』

身体的・精神的・経済的・性的
ホームページにアップした、この4つのカテゴリから
今日は一番認識しやすい「身体に対するダメージ」について書いていきたいと思います。

ホームページにも書いたのですが
「暴力」ではなく、あえて「ダメージ」とも記述したのには私なりの理由があります。

「暴力」という言葉はどうしても「大けが」「事件」「あざ」「出血」
こういった切羽詰まった状況をイメージしがちになります。
「配偶者に対する暴力」という言葉だと
「夫婦喧嘩」と結びつきにくく思えませんか?

ダメージという言葉におきかえても状況は同じですが
身体に起きたダメージ・と捉える事で
「暴力」よりも広く
その支配を感じてみてくださいね。

以下のリストは
私が当事者だった時の体験の中で
他の方と共通性があった出来事から作成・編集されています。
そして
このチェックリストは
チェックが何個該当したか?ではなく
こんなことも暴力のひとつだと言う事を感じていただくために作られたものです。


身体に対する暴力(ダメージ)

□彼は平手・拳で私を殴る(叩く)。
□彼は私を押したり、突き飛ばしたり、つかんだり、つねったり、こづいたり、
髪を引っ張ったり、首を絞めたり、引きずったりする。(未遂も含む)
□彼は私に、たばこの火・ろうそく・線香等、
 熱い物を投げつけたり押し付けたりする。(未遂も含む)
□彼は水や熱湯、液体、食べ物を私にかける。(かからなかった場合も含む)
□彼は私に向って物を投げつける。(当たらなかった場合も含む)
□彼は私を物で殴る(叩く)。(当たらなかった場合も含む)
□彼は私の身体をねじったり圧力をかけて、骨を折るぞと脅すことがある。
□彼は物に当たり散らす。
□彼は物を壊す。
□彼は私が車に同乗している時に無謀な運転をする事がある。
□彼は私が車を運転している時に事故を起こすような運転妨害をする事がある。
□彼は私の身体を床や壁に強い力で抑えつけたり、馬乗りになって自由を拘束する。
□彼は私を包丁や刃物等の凶器や鋭利な物、いわゆる武器で脅す。
□包丁・刃物等の凶器、または鋭利な物で刺されたり切られた事がある。
□食べられない状態の食品、もしくは大量の食品を食べるように強制されたことがある。




さて。
お読みになって「あれ?」と思われた方もいると思いますが
身体に対する暴力は
「未遂」も含まれるものなのです。

ですから「当たらなかった場合」も
それは
身体に対する暴力に含まれているのです。

物を壊す事も同じです。

あなたの身体に直接被害はないですが
あなたはダメージを受けていると、どこかで感じていませんか?

私は
離婚した夫が物を叩き壊すたびに
私自身が破壊されているような気持ちになっていました。
そして

この
物を破壊するパワーが
いつ、私に向けられるのだろうかとおびえていました。
それはおそろしい「私が壊されるのを待つ時間」でした。
私自身が
夫のパートナーではなく
夫が壊す「所有物」のひとつでしかない無力感に
そのときの私は
殴られる以前からすでに、打ちのめされていたのだと今は思います。


・・・・如何ですか?
これをお読みになったあなたの心に

今なにが起きていますか?




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元気でなくてもいいから

震災のニュースをきくたびに
あの人たちは元気でいるのかな、と何回も思う。

離婚した夫と暮らしてた町の名前が出たり
大学時代の同級生の実家がある町の名前が出たりするとね。

同級生のひとりに
もう亡くなってしまってる方がいるのだけれど
みんなで彼女の実家までお墓参りに行ったことを思い出して
彼女の実家も
彼女のお墓も
大丈夫だったのかな…とかね。

悲しい事に
私は
住所録も卒業アルバムも同窓会名簿も年賀はがきも
一式置いてきてしまっているので
安否確認をしたくても
そもそも住所や電話番号が分からない。


夫と一緒に暮らした町の方は
この春に
お世話になったある方から思わぬ連絡があり
「こっちは大丈夫だったよ」と教えていただきホッとした。

東北地方にも
茨城県にも
記憶をたどれば浮かぶ顔がいくつもある。



・・・・・元気でなくてもいい。


生きていてくれれば嬉しいと祈る。



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忘れられない、あの日の「DVチェックリスト」

私は
夫と暮らしていた最後の瞬間まで
自分が置かれている状況がDVだということを
認識する事ができなかった。

いや
…最後の瞬間どころか
婚家を出て
警察署の生活安全課で「私はDVの被害に遭って…」と話していた瞬間でさえ
私は
私の状況についてきちんと認識していなかったように今は思う。
DVだと、その単語を使用しながら
その単語はただの「単語のひとつ」でしかなくて
どこか上すべりしていて
遠くの出来事でしかなかった。
とてもふわふわしていて実感がないものだった。


不安定な嵐の中にいるときは
直面している風の強さや
自分がどれだけ頑張って耐えているのか

どちらへ進めば
この嵐から逃れることができるのか

暴風雨の中でそれらを意識することは難しい。



私が
私の家庭に起きていた事がDVだったのかもしれないと
初めて認識できたのは「DVチェックリスト」だった。

そこには20項目ほどのDVリスト
「殴られたことがある」とか「夫は物を壊す」とか
「誰のおかげでお前は飯を食ってると思っているんだと言われる」とか
「夫は私を働かせない」とか
そんなことが書かれてあった。

それら諸々を
いっこずつチェックしていった私は


本当にビックリしたのだ。


何故ビックリしたかというと
ほとんど全部にチェックが入ってしまったからだ。


私は☑で埋まったリストを前にして茫然とそれをながめた。
脱力だった。放心していた。
心いっぱいに
「・・・なんだよ!なんなんだよ!」と叫んでいた。

・・・・・・これはなんだ?

ひょっとして本当にDVだってことなのか?
あの家で起きていた事は何だったのか?

私と夫の間に一体なにが起きていたというのだろう?



この
フッと心に浮かんだ自分への問いかけを、衝撃を
私は未だに忘れられないでいる。





・・・そんな経緯があるので
私にとってDVチェックリストは大事な通過点でもある。
ここを経由して
私は
ずっと見ないようにしてきた現実の一部を
視界の中に、意識の内に
ようやく認める事になったからだ。

そんなチェックリスト・エリコバージョンをただいま作成中。
週明けまでにはトーキングプレイスのホームページに載せる為に。


どれだけチェックが入ったか・が問題ではなく
より多くの方が「これもDVだったの?」と気付けますように。




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思い出の品物を失うということ。

自分の「持ち物」をことごとく失くしてしまって
今、困難に直面されているのが
震災やその後の原発事故に遭われた方々だろう。
先日、報道で
「私の大切な思い出の物が全部ながされてしまいました。」と
目をうるませて答辞を読んでいた女の子がいて

私は胸がしぼられる思いをした。


何でこの事を書いたかというと

私自身も
私の生きてきた38年間で手にしていた「物」を
ことごとく失った経験があるからだ。

私は震災に遭遇したわけではないが
私がかつて住んでいた場所から出て
あらたに生活を始めるために

私はすべての物を
あきらめて
置いてこなければならなかった。


卒業アルバム

手紙
年賀状

住所録

子どもの頃に何回も読んだ大好きな絵本
大人になってから手に入れた大好きな本

擦り切れるまで聞いてたカセットテープ
自分でエアチェックしたカセットテープ
古い古い、もう廃番になっているCD

小学6年生からずっと書きためてた自作の詩集
小説
漫画もどき
文芸部だったときの部誌

・・・・・亡くなってしまった友人からの手紙

中学校の頃の
高校生の頃の
大学生の頃の
職場での
友人との・・・・・・「写真」



これを書きだすとキリがない。
38年分の
私を形作るひとつのしるしのような「思い出を具現化」した「物」



私が
4年前に持ち出せた物は
ジャンバーと
身に着けていた眼鏡と
大きな巾着袋と

…まあ、靴は履いてたけど(笑)


本当にそれだけ。



免許証とかさ
そんなものは時間はかかるけど再発行してもらえるもんだけど


今、わたしが安全な場所で生きて居られてるのは幸いなことだけど
もう二度と
手に入れる事が叶わない
再発行する事が不可能な
そんな
日々の些細な「思い出」は失くすと
何千万何億円つみあげたってもう二度と同じ物を手に入れることができない。



そして
形のない物も
失われた物のひとつ。


一生懸命つとめてた仕事
そこで積み上げていた信用や人脈や人間関係

大好きだったお気に入りの店にいけないことや
あそこから見るあの景色は最高だったのにってことや



「顔色をうかがっていつもびくびくしてる生活から
逃げることができたんだからいいでしょ。」って言わないで。
もちろん、それが正解なのだろうけど
それを聞いて受け入れたくない時もある。

たとえ
結果が幸運で今は生きているのだとしても失ったことには変わりはない。


たまに
私は

婚家を最後に出たあの日あのときに戻って
「あそこにあったあのノートだけは持って出なさい」と
4年前の私の耳元で大声で叫びたい衝動に駆られる。



4年前。
私は
自分の命と体だけ持って家を出た。
余計な物を持ち出そうとグズグズしていることはできなかった。
背後に危険が迫っていた。
「なにをしている?」と問われたなら逃避行は失敗どころか一瞬で地獄になるから
躊躇して立ち止まって
何を持って行こうかなんて考える時間はなかった。

命と体。
それだけが
私があのとき、持ち出せた物だった。

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