こころTALKING

元共依存バタードウーマン・DVの最前線現場で妻業18年。現場のキツさにとうとう引退して数年。今はここでしぶとく生きて、忘れられないDVの事を書いてます

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もう一度、懐かしい場所へ旅をする

先日、長野県岡谷市へ
講演会に呼ばれて行ってまいりました。

「岡谷市」という地名を聞いた時から
どこか聞き覚えがある名前だとは思っていたのです。
行く直前になって地図で位置を確認したところ

あらららら。とつぶやいていました。

だってそこは行ったことがある場所だったんです。
正確に言うと「走り抜けた場所」ですが。

結婚していた頃の私の考え方ですが
「この場から離れたい」という自分の欲求を
ちゃんと正確に読み取ることができず
「死んでしまいたい」「消えてしまいたい」と捉えておりました。
なので、よくプチ家出を繰り返しては家に戻る事を繰り返していたのですが
大がかりな逃亡をしたことが2回ありました。

それが丁度5年前で
岡谷市はその時に走り抜けた場所だったのでした。
山梨県を抜けて長野県へ。
韮崎・富士見・茅野
そして諏訪市に入り
岡谷市に差し掛かったのです。
私の左手に海のようにも見える諏訪湖が
キラキラと湖面を輝かせて広がっていました。
あの、瞳を刺激する湖面の光の輝きや色合いを
あれから5年経った今も楽々と思い返せてしまうくらい
私にとって忘れられない思い出の光景です。

そのきらめきを見ているうちに
5年前の私は
どうせなら海が見たいと思ったのでした。
この世で見る物の最後として
海に沈む夕日が見たくてたまらなくなったのです。
行くあてのない死ぬための逃避行だった私に、目的が沸き起こった瞬間でした。
それは
たとえ、最後に見たいという目的であったとしても
「海と太陽が見たい」という思いで走っていった結果
私は命を長らえることができたのですから
ある意味、私の重要なターニングポイントだったようにも思えてなりません。

「生」の方へ舵を切った、最初のポイントは
諏訪湖のほとりだったかもしれません。


そして
岡谷市を抜けた私は
塩尻・松本・安曇野と進み、白馬のメインルートに乗り
姫川渓谷を下り
日本海に着いたのでした。

死ぬつもりで疾走していた私が走り抜けた場所へ
生き延びて
傷つくという事や
傷つけるという事に関する話を伝えに来ることになっているとは
5年前の私は露程にも思わなかったに違いありません。

「今の私」はそっとつぶやきたくなりました。
あのね
大丈夫なんだよ。
そんなにひとりで抱え込んで
まっしぐらに
自分だけで終わらせようと思い詰めなくても。


会場となった諏訪湖ハイツは
文字通り、諏訪湖のほとりの施設で
「うーん、因果だなあ~」とひとりごちながら
開催前、コーヒーを戴きました。
もう一度、こんな形で此処へ呼ばれるなんて。


本当にね
たとえどんな袋小路に思える「今ここ」であっても
ちゃんと出口はどこかに用意されていて
その出口は
大変だけれどキラキラ光る世界につながっている。


そんなことをふと考えさせられた
感慨深い「旅」でした。


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