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こころTALKING

元共依存バタードウーマン・DVの最前線現場で妻業18年。現場のキツさにとうとう引退して数年。今はここでしぶとく生きて、忘れられないDVの事を書いてます

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7回忌の秋が来る

母と話していて気がついた。

今年の秋は
父の7回忌なのでした。

そうか
もう亡くなって丸6年になるんだな~と
月日の流れを実感します。

前の法事
3回忌の年は
私が夫の元から実家へと出てきた年でした。

私は
婚家を出る時に
子どもを置いて出てくる事を選択したので
父の三回忌の時は
まだ
子どもらが手元にいない秋でした。


・・・・・とても不安な秋でした。
離婚の為の弁護士間協議は
一進一退
いつこれが良い方向に進んでくれるのかも
見通しがたたない秋でした。


そう。

実は
私は父の葬儀には参列していないのです。

参列する事を
夫と義母は当然のように「まさか行くつもりじゃないよね?えりちゃん。」と言い
「婚家」の決定事項にさからうことが
どれだけの
暴力に満ちた闘いを耐え抜かねばならないか
さらに
夫とともに葬儀に行くようなこととなれば
親戚がいる前で夫がどんな無理難題を言いだし

私はそれを実現させるために
夫の良き手足となって
言いたくないことも言い
したくないこともしなければならない・・・・・・それが嫌だったのでした。

それを避けるために
危篤の父に会うどころか
葬儀にも参列せず


・・・・・葬儀のような家族イベントに参加できないことも
DVであるとはじめて聞かされたのは
婚家を出て
DVの届け出をしに行った警察署でのことでした。
はじめは「ぽかん・・・?」だったのですが
後になり
他の方から

自分の血筋である親族の輪から断絶させるようなことを
意図的に強要されることは暴力だよ、と言われたときにハッとしました。

たしかに
葬儀に行かなかったことで
私は
もう自分がどんなに困っても誰にも頼れないのだな、と
自然に
誰かに助けを求める時のリストから
自分の血につながる親族を除外してしまっていました。

ああ
こんな風に追い詰められるのだな。

家を出なければ
実感することのなかったDVの形でした。


今年は
子どもらもまじえて7回忌。
派手にはしませんが
しんみりと。

父が生きていたなら
孫たちにどんな言葉をかけただろうか?と思いつつ。
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