こころTALKING

元共依存バタードウーマン・DVの最前線現場で妻業18年。現場のキツさにとうとう引退して数年。今はここでしぶとく生きて、忘れられないDVの事を書いてます

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言葉にならない記憶

5年前のある春の日
月曜日の真夜中に婚家を出て
金曜日の夕方に北海道に帰り着きました。

記念日反応という言葉を知ってますか?
多くは、命日などが近づくと
落ち込んだり、ざわざわしたりイライラしたり
怒りっぽくなったり
涙もろくなったりと
情動反応や反応による行動が出やすくなるのですが
命日以外でも
大きく物事が動いた日というのは
出来事と一緒に非言語情報が記憶されるために
匂いや温度、感触や肌触り、視覚情報等として刻まれて

その時期になって
たとえば
春の香りや
夏の温度や
秋の感触や
冬の色合いが、引き金になって本能が「危険が近づいている」と
アラームを鳴らしだす事があります。
「今」は何事も起きていなくても
不安になったり
恐怖にかられたり
走り出したくなったり
叫びたくなったりします。

私にとっては春の一時期がこれに当たります。

今年の春は
偶然、5年前に飛行機に乗った日と
今年、研修のために飛行機に乗った日が同じ「その日」でした。
私は離陸した飛行機の中で
窓から見えた
眼下に広がる早春の木々の淡い若葉の色に

胸が詰まって泣きそうになりました。


その日も天気が悪く霧と雲に覆われていたのだけれど
5年前の同じ日もやはり霧と雲に覆われていて
あの時の私は
雲を抜けて低く降下していく機体の窓に
張りつくようにして眼下に広がる景色を見ていました。
窓ガラスに押し当てた手のひらと、ひたいが冷たくて
久しぶりの
ふるさとの春の景色が
当たり前のように広がっていて

…夢のようで。


若葉の色。
靄のかかり具合。


景色を見たとたんに
思い出していた
あのとき
冷たい窓に張り付きながら私が何を考えていたのか。

ものすごく興奮していてね

(わーい!)
(ついたぞ!懐かしいー!)
(そうだよ春なんだからこんな感じの色よ~!)
(山だ)
(畑だ)
(ハウスだ)
(広くて広くて)
(清々しいくらいに何にもなくて)
(すごく気持ちがいいぞー!)



夫と住んでいた家をやっとの思いで出て
退路を断って臨んだふるさとでした。
気持ち的に逃亡者モードだったのが
景色みて興奮した途端に
まるで帰省客のような気持ちになってワクワクし

その時だけ
被害者である自分を
これから様々な手続きをしなければいけなくなる
現実を棚に上げて
ほんのひととき、深呼吸をしたのでした。


今…そのときのワクワクを
ふりかえって思い出したら

あーあ
私ったら
もう精一杯だったんだろうなぁ
張りつめていて
プチっと糸が切れたみたいに興奮なんかしちゃったわけよね。

・・・そんな風にも思えます。

PA0_0195-1.jpg



私たちの記憶は
言語だけではなく

目にした色あいや
光と影の具合や
暗さや
視点の高さや低さ
その時自分が何を見ていたか
それらもいっしょに言葉を伴い刻まれていて
時には
ふりかえることで
自分が何を感じていたのか
初めて分かるときがあります。
不安や恐怖だけではなく、大事な何かを。

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否認~ブルーシートの下の見たくないモノ

DVは否認の病いだよなぁ~と私は思っている。
というか
依存症って否認するよね。
アルコール依存症を抱えるご家族がその問題をずっと否認し続けるように。
しかもDVは人間関係性の依存症だから
アルコールのような物質依存じゃないから余計に問題の核が見えにくい。

DVを否認し続けて18年(笑)
否認と言うか認識できていないというか

「DV」という言葉は知っているんだ。
けれど
私にとってその言葉は
すりガラス越しの向こうの部屋のホワイトボードに書かれた文字みたいで
見えているのに
自分のこととして実感がわかない、ただの「単語」でしかなかった。

家を飛び出した前後の私の
自分の被害度認識は、こんなレベルでした。


脱出して
離婚して
けれどもやっぱり認めていない部分があって
ひとつずつ氷解させていくのには「一気に解決」とはいかなかった。
だって
怖いじゃない?
見たくないものはふたをしておきたいじゃない?
ブルーシートにくるんでおきたいじゃない?

自分の生まれ育った家庭にアルコールの問題があったことを
自覚できたのも
離婚したあと自分の問題に向き合いだしてから数年もしてから。
客観的に見たらどう考えたってそうだったのに
アルコールによって経済的に崩壊していなかったために
私は長い事それを自覚しそこねた。
生命に危険がなくとも
生活の中に多くアルコールのスケジュールが組み込まれ侵入していて
自分の意見を言うとか自由にふるまう機会に制限があったことは確かであったのに
私は
私の価値観や物の見方や判断基準に
非言語的に
まるで酒の匂いが染み付くように意思まで冒されていたことにずっと気づけなかった。

その他にもまだまだある。

嫌なこともちょっとあったけど
楽しい大学生活だったじゃないかぁ~と
根拠なく思い込んでいた時期の最初の暗黒な2年間の出来事の重さを
すっからかんに
骨抜きにしか捉えていなかったことに
自助グループに出席して自分で話している真っ最中に気付いて

愕然とした。

なんでこんな重いことを私はすっかり
ないことにしていたんだ?と
自分のことなのに驚いてしまった。

けれど
否認というのは
自分を守ることでもあるからね。

否認が解けるというのは
もう
それを「見ても」「考えても」大丈夫なくらいに
耐える力や
ゆっくり悩める力や
死のうとしない力や
受け止める側の用意が整ったからこそ


シートがめくれて中が見える。



そしてね

「病い」なので
回復する可能性があるわけです。
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「家族」の夢

たまに、義母の夢をみる。

亡くなった人は話さないと聞くのに
貴女は本当によく喋ります。
相変わらず好き勝手放題なモノ言いをしてますね。
夢の中とはいえ
私もげんなりして「またかよ」と言いたくなります。

でも
そんな貴女も
懐かしいです。
もうこんなタイプの姑と一緒に暮らすのはゴメンですが。

今朝も貴女は
ノルマが達成できないのよと言って
ノックも無しに部屋に乗り込んでくるし(爆)

食事の支度時になると決まって
外で何かをしたがる癖も
あの世に行っても変わらぬようで
今朝も相変わらずでしたね。
家事、実は大嫌いだったんでしょう。
庭の草むしりして
顔を上気させて
アリがこんなに出てきたって
見なれたコロンとした手が泥だらけで
台所で笑いながら手を洗っていた。

けれど
いつもと違ったのは義父までお風呂場からでてきたこと。
きれいに髭を剃って髪も整えて

・・・ああ、そうだ。今日は盆の送り日でした。
お義父さんは江戸っ子だからね。
昔からどこに行くのも二人一緒の夫婦だったから
あの世からも一緒に来て彼の岸に帰るのかもしれません。

縁あって十数年一緒に暮らして
大嫌いなところと
憎めなかったところと

・・・・・あんたが息子をあんなにしたのよと 問いただしたい衝動は
・・・私の中でいつの間にか別の方向へ切り替わっていった気がする。

けれど
先日、やっぱり
私が苦しかった原因のひとつに
あのとき暮らしていた「家族」の中で起きていたせめぎ合いが
夫と義母の相克が
大きく影を落としていることに気が付いて
言いたいことを全部しまいこんでいることが
この家族ごっこをうまく流していくことだと妄信していたことにも気づいて

そーいえば。
何かが起きた時には沈黙して
当事者なのに傍観者になってことを済ませる方法しか
私はしてませんでした。

いけませんね。
私ももう少し、好き勝手放題な物言いをしてもよかった。


別れた夫が本当に怒りをぶつけたかった相手は母親でした。
時に、私ではない者への罵声を私は甘受しておりました。
たまに
今の私があの家族ごっこの中に再び嫁として入り込んだら
どんな風に親子喧嘩は変化しただろう?と考えることがあります。

yuri

けれども

もう直接話すことが叶わない人が
生き生きと喋り
未だ生きている者のように闊歩する夢を見たあとは
やはりちょっと切ないです。



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身体は訴えている

最近、ようやく
疲れてないか?私。と身体に問いかける余裕ができてきました。
お久しぶりの更新です。
今年の私の裏テーマは「身体が喋ってる言葉を聴き取ろう」でして
・・・いえ、最近、自然に聴こえてくるのですけどね。

それまでは
「やすめだと?何を言っておる
頑張っていて何が悪い。
私には時間がない。私には時間がないのだよ。
夫と一緒に暮らした失われた18年を取り戻すのだぁ~」

手に狼煙を掲げて「エイエイオー!」てなもんでした。
結婚生活が「失われた時間」であると息巻いておったのですね。
これからは自分のために時間を使うのだぁ~と
動きまくり頭使いまくり
そりゃぁもう、真剣でしたよ。
根が馬鹿みたいな生真面目なので決めたら猫まっしぐらでね。
身体が疲れてるのなんか厭わずに
疲れを感じずに
聴き取らずに
5年、経ちました。

・・・・・そういえば、昔から短距離走より長距離走が得意で(それは違うか)

5年を過ぎ越したこのごろ
ようやく、この5年、ずっと走り続けていたことに気付きました。
やっと、そろそろ立ち止まって座りたがっている身体の声を聴きました。
休んで、ちょっと落ち着きたいよと要求されていることに
やっと気付けて
最近、少し減速しています。

おそらく
何もしないでのんびり・ゆったりすることはできないでしょう。
適度に刺激のある生活が好みだと思うのです。
けれど
身体あっての私です。(当たり前です)

でも、当たり前のこのことは見えなかったのです。



そうは言っても
手帳は結構真っ黒です(笑)
だけど
減速しつつ動くのと
無意識の中に「休んでくれ」を抱きかかえたまま疾走しているのとでは
おそらくかなり違う事でしょう。
疲れも
ストレスも
充実感も。

見えてくるものも。

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私は私をこんなに知らない

私は「ごく自然に」しているつもりでも
必ずどこかこわばっている場所があって
何かにこだわっていて
どこかがいびつだったり
ゆがんでいたり
ひきつっていたり
上げたままだったり
下げたままだったりする。

心もそうだけれど
身体だってそうだ。
そして、どういうわけか不自然なその「形」に気付かず
「苦しいぞ~」とか言ってたりするんだよね。

「私が私を認識していない」

私のゆがみも、いびつさも、ひきつり加減も知らずに
手は上げたまま、足は引きずったまま
首は曲げたまま、体はよじったままなんだ。
心もね。

それは
ある日、唐突に気付いたりする。
上げていた手に。
疲れていた腕に。
引きずっていた足に。
靴底が擦り切れていることに。
曲がっていた首に。
曲げていたせいで見えていなかったものに。
よじっていた身体に。
無理な体勢でこわばったままだったことに。

手放せばいいだけのことなのに囚われていた思い込みに。

一個一個、ある日気付くんだよね。

あら、なんで手を上げたままだったわけ?
下げたらいいんじゃない?
首、正面を向いてないじゃない?
もっといい方法があったんじゃないの?

私が「これで自然だ」と思って生きている体勢が
周囲からはとても不自然に見えている時がある。
一番、知っているはずの自分のことに
自分こそが気付けていなかったことに

ある日
唐突に
ばかばかしいくらい単純なそのことに気付いて
上げていた腕をおろして
すっかりしびれていた指先をさすってみる。

こんなに冷たいままでいたんだ。私。
なんて笑ってしまう。

けれども、だからと言ってなにもかも自然体になったわけでもなく

私にはまだ
どこかが不自然なところがあって
力の抜きどころを、こうやって
時間をかけて丹念に大切に調べていく。

きっと何もかもから解き放たれることは一生涯ない。
ないからこそ
生きているのが面白く
私を探すのが面白いのだと思う。

囚われて、こだわっている私が。

だって
まだまだ引きずっていたい身体を私は持っている。

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